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コラム COLUMN

ストレートは変化球だった!?【後編】 ~田中将大の「変化量」に起きた異変とは!?~

金沢 慧

PITCHf/xで投球の「変化量」を測る

 【前編】では2014年にニューヨーク・ヤンキースへ移籍した田中将大投手の例を基に、PITCHf/xシステムで取得できるデータ、特に変化量について説明しました。【後編】では具体的なデータの活用方法を考えてみたいと思います。

※ここで使用しているデータはSPORTVISION社より研究用として提供されたデータとなります。

田中将大のMLB初登板時の変化量は?

 まず、初登板時(現地時間4/4:7回を3失点で勝利投手)の球種別の平均的な変化量を見てみましょう。それぞれの円の大きさは球種の投球数を表しています。

 前回確認したように、変化量の図では(0,0)が重力のみに影響を受けた球を示します。上の図は各球種の平均的な変化量を表しており、例えばフォーシーム(FF)は縦方向に6.3インチ、横方向に-5.2インチ変化していることが分かります。

 シンカー(SI)は縦3.9インチ、横-8.2インチと、フォーシームよりホップ方向が弱く、シュート方向への変化が大きいことが分かります。

 おさらいになりますが、PITCHf/xでは田中の球種を以下の6種類に自動で分類しています。

FF:フォーシーム(ストレート)
FC:カットボール
SI:シンカー
FS:スプリット
SL:スライダー
CU:カーブ

故障前最終登板では変化量が落ちていた!?

 故障前の最終登板時(7/8:6回2/3を5失点で敗戦投手)の図を見てみましょう。4/4よりもフォーシーム、シンカー、カーブの変化量がそれぞれ小さくなっていると分かります。具体的な数値の変化は以下の通りです。

 フォーシーム(FF)
 :縦変化 6.3in → 5.9in  横変化 -5.2in → -2.3in

 シンカー(SI)
 :縦変化 3.9in → 3.5in 横変化 -8.2in → -6.7in

 カーブ(CU)
 :縦変化 -8.0in → -6.8in 横変化 4.7in → 4.0in

 このデータから、7/8の登板時は4/4に比べて「スピンをかける力が何らかの理由で落ちていたのではないか」と推測できます。

過去の変化量を重ねて比較すると・・・

 各球種の薄い円は7/8以前の登板時のデータを表していますが、7/8の変化量をそれまでの登板日と比較すると、その違いは一目瞭然です。7/8は特にフォーシームとシンカーが他のどの登板時よりも原点に近くなっていますね。

 7/8の登板後、田中投手の肘の故障が公表されましたが、PITCHf/xの変化量にもその傾向は見られていたと考えられるでしょう。

 もちろん、変化量の違いだけで故障かどうかを判別することは難しいですが、少なくとも「何かがおかしいから詳細を調べてみた方が良い」というアラートにはなっています。

 今後、PITCHf/xと併せて故障のデータを蓄積することができれば、「○○の変化量が○○センチ落ちると肘の故障の可能性が疑われる」などの検証も可能になってきます。PITCHf/xではリリースポイントのデータも取れるので、MLBでは変化量とリリースポイントなどから故障の発生モデルを構築する分析も進んでいます。

 実際には投球してからでは遅いので、MLBのチームではPITCHf/xそのもの、もしくはそれに類似するシステムをブルペンに導入し、故障のモニタリングを行っているとの話です。

横に並べて比較

 この2試合の登板データを横に並べてみました。フォーシーム、シンカー、カーブの変化量を原点からの矢印で表していますが、やはりこの2登板では大きな差がありますね。2つの速球系球種に普段のスピンをかけられていなかったので、いつもとは異なる状態だったのでしょう(ここでのシンカーは、データスタジアムでは主にツーシームと分類していますので「速球系」の球となります)。

1球単位で変化量を見ると?(4/4)

 ここまでは各球種の変化量の平均で見ていましたが、上の図は平均する前の1球単位でのデータになります。黒枠の球が4/4のもの、それ以外の薄い円は別の登板日のデータです。

 4/4の縦方向の変化量を見ると、例えばフォーシームは最大11インチほど、カーブでは12インチほどの変化量となっています。

 シンカーと似た変化量の中にフォーシームが紛れていることも分かります。PITCHf/xにおける球種の自動判別はもちろん変化量だけでなく、球速などのデータも基にされているはずですが、誤判定の可能性もあります。

 前回少し触れましたが、「何を投げたかったか」と「投げられた球の軌道」のどちらを「正しい球種」として優先するかの問題もあります。

 前者を優先する場合は特にですが、球種判定の精度はまだ「球種見極め職人の目視」の方が高そうです。もちろん、データ量が増えたり解析が進めば今後その差は縮まっていくでしょう。

 また、図からは同じ球種内でも変化量が1球1球異なることも分かります。「同じフォーシームでも思ったより変化量に差があり、ばらけている」と感じた方もいるかもしれませんね。

1球単位で変化量を見ると?(7/8)

 7/8の1球単位データも見てみましょう。やはり4/4と比べて原点近くに集まっていることが分かります。使っている球種の数はそれほど変わらないのですが、各球種(特にフォーシーム、シンカー、カーブ)の変化量は小さくなっています。

 回転をかけるという意味ではスライダーも検証するべきなのですが、PITCHf/xの変化量では「ジャイロ回転の成分」を検知できないという欠点があります。スライダーはジャイロ回転の成分が多く、回転量の違いを把握するのには向いていません。そのため、今回は検証から除いてあります。

 ちなみに球速だけを見ると、この日はフォーシームの平均が150キロを超えており、他の登板日と比較するとスピードが出ている日でした。

 つまり、球速だけでは7/8の異変を感知できないということです。今回取り上げた変化量やリリースポイントなどのデータを総合的に分析することで、監督やコーチ、トレーナーは客観的に投手の異変を察知できる(はず)ということになります。

PITCHf/xはどのように活用されるのか?

 ここまで、田中投手の例を見てきましたが、いかがだったでしょうか。

 最後にPITCHf/xのようなトラッキングシステムがどのように活用できるのかという展望をまとめてみました。上段は「プロ野球チームの中」での活用案、下段は「メディアやファン」目線での活用案を記してあります。

 PITCHf/xは投手と捕手の間をトラッキングしていましたが、FIELDf/xというグラウンド全体をトラッキングするシステムもあります。活用案に記してあるように、投手の変化量だけでなく、野手のポジショニングが一目で分かるテクノロジーもすでに出来ています。

 ただ、日本でのトラッキングデータはまだ「取得され始めた」という段階で、このような案が本当に適切なのか、他にどのような活用が考えられるのかについては手探りの状態です。

 例えば田中投手の異変も「あれだけ明らかに変化量が異なっていれば、受けている捕手やコーチは異変に気づいているはず」ということで、わざわざコストをかけてPITCHf/xを活用する必然性があるのか?という話になります。

 上側の「プロ野球チームの中」での活用案、特に「直近で可能」の部分は、PITCHf/xなしでもすでに各球団が工夫を凝らして行っている箇所であり、わざわざトラッキングシステムを導入する必然性はないかもしれません。

 強いていえば、今までは監督やコーチがそれぞれ持っている知識だったものを誰でも分かりやすい形で表せることはメリットでしょう。個々の知識だったものを、チーム全体の知識としてストックできるということです。

 「将来」の部分ではどうでしょうか。例えばPITCHf/xのデータを長期間取得して分析すると、試合での詳細なパフォーマンスから選手の成長モデルをつくったり、選手の育成状況を管理したりすることも可能になるでしょう。

 「ストライク判定ロボ」など、本当に野球にとって必要なのか?という活用案もありますが、このような活用案が実現されれば、スポーツの現場、球団・リーグ経営を大きく変える可能性はありそうです。

 また、PITCHf/xのようなトラッキングデータはチーム内だけでなく、ファンの楽しみ方を大きく変えるかもしれません。投球の軌道をデータ化できるので、田中将大投手のスプリットをVR(ヴァーチャルリアリティ)で体感するといったコンテンツも生まれてくるはずです。田中投手のスプリット、体験してみたいですよね?

 繰り返しになりますが、現在の日本プロ野球ではチーム内、外問わずこのような活用案を模索している段階です。せっかくのトラッキングデータも、野球の競技力向上やビジネスに活用できないと判断されれば、収集する必要がなくなってしまいます。

 それではもったいない。

 そこで、データスタジアムではさまざまな機関と連携し、活用案を企画、具体化する取り組みを進めているところです。

 もし「自分だったら、こういう活用をしたい!」といったご意見や良案がありましたら、twitter、Facebookなどでお待ちしております。