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前田健太と金子千尋のフィールディングの違い

山田 隼哉

 前田健太から送りバントを決めるのは、簡単なことではありません。逆に、金子千尋から送りバントを決めるのは、それほど難しいことではないようです。今回のコラムは「投手のフィールディング」がテーマです。

バント処理の多くは投手の仕事

 「投手は9人目の野手である」という言葉があります。投手の仕事は投げて終わりではなく、その後の守備も含まれているという意味です。確かに、打球処理やベースカバーなど、投手が担う役割は投球だけではありません。

 そのなかで、バント処理は投手にとって大きな仕事と言えます。バントの打球は主に投手、捕手、一塁手、三塁手が処理しますが、その約6割は投手が占めているからです。つまり、送りバントでランナーを進塁させたくない時、その結果は投手のプレーに委ねられることが多いのです。

 この図は、投手が送りバントのゴロ打球を自ら処理した際の捕球位置をプロットしたものです。2010年から2014年までの5シーズンで、ランナーが一塁の状況を対象にしました。このうち赤い点は、投手が一塁ランナーを二塁でアウトにしたケースを指していて、全体の6.6%を占めます(以下、この割合を「阻止率」と呼びます)。当然ながら、投手の正面に近いほど、赤い点が多く集まっているのが分かります。しかし、この正面付近の打球でランナーを刺せるかどうかは、投手によって個人差があるようです。つまり、阻止率が高い投手と低い投手がいるということです。

前田健太のバント処理は別格

 2010年から2014年までの5シーズンにおいて、阻止率が高かったのは上記の投手たちです。25機会以上で最も阻止率が高かった広島・前田健太は、自ら打球を処理したケースにおいて、約5回に1回の割合で一塁ランナーを刺していました。2番目に高かった巨人・内海哲也と比べてもその差は大きく、昨シーズンまで3年連続でゴールデングラブ賞に選ばれた理由はこのあたりにあるようです。

 前田健太のバント処理の様子を、先ほどの図でも確認してみましょう。さすがに、一塁線付近まで転がされた打球は進塁を阻止できていませんが、マウンド方向への打球はいくらかの割合で阻止していることが分かります。フィールドの扇形を3分割した場合の真ん中のゾーンに転がった打球の阻止率は33.3%(24機会中8回阻止)で、15機会以上の投手の中でNo.1でした(10機会以上では藤井秀悟が1位、和田毅が2位、前田健太が3位)。この事実からも、現在NPBに所属する投手のなかで、前田健太は最もバント処理がうまい投手のひとりと言えるでしょう。

 話を全てのゾーンの打球に戻します。前田健太ほど機会数は多くありませんが、巨人・山口鉄也の阻止率も目を見張るものがあります。山口は過去5シーズンでなんと40%を超える阻止率を残していました。阻止したのはいずれもマウンド付近の打球だったため、この数字は少し出来すぎている可能性もありますが、攻撃側のチームからすれば、山口を相手に送りバントを試みる際は、慎重な判断が求められるでしょう。特に、1点を追うビハインドの状況などでは、送りバント失敗は致命的なミスとなります。

金子千尋のバント処理は低リスク低リターン

 続いて、阻止率が低い投手たちです。48機会中、一度も阻止することがなかったオリックス・金子千尋が代表的な存在と言えます。ただし、このレベルの阻止率の投手たちは、そもそも二塁に送球するというチャレンジをほとんどしません。したがって、フィールディングが苦手という理由に加え、悪送球やフィルダースチョイスになるリスクを意図的に避けている投手も少なくないと思われます。危険を冒して一塁ランナーを刺しにいくよりも、確実に1アウトを取った方が結果的に失点を防げるという考え方でしょう。事実、前田健太は阻止が11回あった一方で、悪送球によりピンチを広げてしまったケースも2回ありました。

 念のため、金子千尋のバント処理の様子も図で確認しておきましょう。阻止は一度もありませんので、全て黄色いプロットになっています。ただし、この図を見て分かる通り、極端にマウンド方向の打球が少ないというわけではなく、前田健太なら刺せそうな打球もいくつかあります。金子千尋の場合、前田健太ほどフィールディングがうまくないことや、リスクを冒さない思考の持ち主であることが、この結果につながっていると言えそうです。これも攻撃側のチームの視点で考えると、金子千尋を相手に送りバントを試みる際は、とりあえず打球を転がしさえすれば、高確率でランナーを進められると見ていいでしょう。もっとも、捕手に捕られるような打球や、一塁手か三塁手が刺しにいけるような打球はいけません。

相手投手に応じた作戦選択が重要

 送りバントは、成功する確率を正しく見積もることが非常に重要な作戦です。仮に、相手投手のフィールディングがうまく、打者のバント技術もそれほど高くなかったとしたら、失敗に終わる確率が高いので、バントではなくヒッティングという選択肢も生まれてきます。そういう意味でも、投手のバント処理の傾向を把握することは有意義であるように思えます。

 前田健太のように二塁でランナーを刺しにくるタイプなのか、金子千尋のように1アウトと引き換えに進塁を与えてくれるタイプなのか。このことを知った上で、適切な作戦の選択を行うことが重要ではないでしょうか。