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コラム COLUMN

監督交代の効果は? 代行監督の歴史を振り返る! タイムリーdata vol.44

齊藤 亮太

 6月2日、オリックス・森脇浩司監督の休養が発表されました。原因はチームの不振とのことです。チームが不振に陥るとたびたび発表される監督の休養ですが、果たして効果はあるのでしょうか。今回はシーズン途中で指揮官が交代したチームに迫ってみたいと思います。

直近の監督交代劇

 監督休養で記憶に新しい出来事と言えば、昨年6月4日に休養を申し出た西武・伊原春樹監督です。休養後は、現指揮官である田邉徳雄打撃コーチが代行を務めました。このデータを見てみると、伊原監督休養には効果があったことが分かります。勝ち越しこそできなかったものの、田邉代行時代は勝率がアップ。引き分けの試合で、あと1試合でも勝っていれば、勝率も5割に乗せていたほどでした。伊原監督時代の不振を考えるとなかなかの成績です。もちろんケガ人の復帰や、不振に陥っていた選手の復活など、監督交代のみがチームの勝利に関わっていたわけではありません。しかし、それを考慮しても増田達至のセットアッパー起用など、田邊代行の施した策も少なからずありました。

最も効果的だった(?)代行監督

 伊原監督より前の監督交代で思い出されるのが、2010年に起きたヤクルト・高田繁監督のシーズン中の辞任に伴う、小川淳司コーチへの交代劇です。辞任を申し出る5月26日までの成績は13勝32敗。勝率が3割を切るほどの大不振でした。それが、小川代行のもとでは勝率6割越え。大躍進と言っても過言ではないほどの成績を残しました。チームも最下位から4位へ順位を上げ、終盤にはクライマックスシリーズ争いを演じるまでに至ります。6月に加入して猛打を発揮したホワイトセルの活躍もありましたが、畠山和洋をレフトで起用するなど、高田監督とは違った采配がチームの躍進につながりました。翌11年は代行の肩書が外れ、正式に監督就任。チームを優勝まであと一歩というところまで導きました。

休養後に復帰の例も

 少し古い話ですが、1962年には休養後に復帰を果たした珍しい事例があります。この年、南海の鶴岡一人監督は開幕から勝率.242と低迷し、最下位の責任を負ってシーズン途中の5月26日に休養を発表。蔭山和夫守備コーチが代行で指揮を執ることになりました。蔭山代行は1番に広瀬叔功を固定、不振に陥っていた野村克也の相談に乗るなどの動きを見せます。するとその後、チームは11連勝を記録するなど3位まで躍進。結果的に8月7日まで34勝を挙げます。すると、蔭山代行は鶴岡監督に復帰を要請。鶴岡監督は復帰を決意し、8月8日から再び指揮を執りました。復帰後はなんと勝率.689で、自身の借金17も完済。蔭山代行時代をも上回る好成績を残し、チームは2位へ順位を上げました。

福良代行は果たして?

 ここまで7勝7敗、勝率.500の福良代行。1番に宮崎祐樹を起用するなど、森脇監督とは違ったカラーが徐々に出始めています。抑えを佐藤達也に変更(腰痛のため現在は抹消中)、相手先発の左右に関わらずに西野真弘を起用するなど、試行錯誤している様子が伝わってきます。

 今後、福良監督代行の成績はどうなっていくのでしょうか。もしかしたら、2008年のコリンズ監督の辞任で途中から指揮を執り、2位に躍進させた大石代行監督のように、奇跡の快進撃を続けることがあるかもしれません。今後のオリックスに要注目です。